7月にリニューアルしたキリンビールの一番搾り。
夏から秋にかけて好調のニュースが至る所で出ていたが、その理由を考えてみた。
まず、ブランド担当者にとって、リニューアルというのは新しい顧客を獲得する大きなチャンスではあるが、既存顧客を失う恐れもあり、期待と緊張の入り混じる社をあげての一大イベントになる。
とくにリニューアルが近づくにつれて社内の反発の声が大きくなる。
本当にこのリニューアルで今支えている既存顧客が離反しないのか?
パッケージもこんなに変えてしまってよいのか?
ブランド調査を行ったら、あれだけCMの起用タレント名が出ていたのに、タレントをガラッと変えてしまって本当に大丈夫なのか。
データはどういっているんだ。
そんな保守派からの声が次から次へとあがってくる。
とくに上層部からの不安な声を払しょくするために、現場担当者は狂ったように調査を行う。
いったいどんなけ定量調査とグルイン、デプス、ホームユーステストなどを繰り返すのかと周りに思われながら、広告主も広告会社も調査会社と共に、ボロボロになりながらリニューアルの日まで走り続ける。
某飲料メーカーはパッケージデザインを大幅にリニューアルしたことで、既存顧客がその商品を見つけづらくなってしまい大幅に売り上げがダウン。
早々に元のパッケージに戻したという有名な事例もある。
そんな緊張の中、アサヒビールにやられ続けたキリンビールが、メイン商品の一番搾りを大幅リニューアルし、順調に売り上げを伸ばしている。
9月の缶製品は前年比21%増と好調だ。
リニューアルで何が好調の要因だったか。
原点回帰でど真ん中を狙いに行った
ブランドがうまくいかなくなったとき、およそとられるオプションに原点回帰がある。
うまくいっていたときに戻そうと改めて思うのだ。
Roots & Wingsというが、Wingsばかりに比重がかかってブランドが何者かわからなくなってしまった。
なので、Rootsに立ち返り、軸足をしっかりとそこに固定させる活動を行う。
一番搾りも、ビール本来の楽しみである「おいしい」から逃げず、それを愚直に追及しに行った。
今一番売れているアサヒスーパードライは、キレがよくのどごしのいいビールで、ヱビスはコクと味わい深いビールで、ビール会社によって特徴は全然異なる。
その中で、老舗の一番搾りは、日本のビール、ど真ん中のビールを狙い、どんな食事にも合う味わいをめざした。
他のビールとは違う、渋みのある二番絞り麦汁を使わず、一番絞り製法にこだわり、製法自体の理解もコミュニケーションで強化した。
タレントも嵐から、堤真一、満島ひかり、鈴木亮平、石田ゆり子と大きく刷新。
店頭ビジュアルも「おいしい」「幸せ」をタレントをヨリで撮った大型の笑顔で表現。
「おいしいって幸せだ」とビール本来の楽しさを思い出させた。
石田ゆり子ブーム
今年、”奇跡のアラフィフ”という記事が多数上がった。
昨年Instagramを開設したことで、飾らない性格が再注目され、石田ゆり子ブームがきた。
48歳と思えない。
アラフィフとか信じられない。
全然いける!
といった世の男性陣からの声だけでなく、自然体で憧れると20-40代の女性にも支持されるようになった。
このタレント起用はラッキーヒットかもしれないが、タレントの話題性もうまく運を味方にすることができた。
クラフトビールブームによる質への関与の高まり
若者がビールを飲まなくなったと言われる中で、ここ数年クラフトビールブームだ。
エールビールも気分に合わせたビールを多種投入するなど、市場活性化に貢献している。
最近は、コンビニではどこに行ってもクラフトビールが置かれるようになった。
それによって、新しくビールを飲みだした若年層や女性が、もっと美味しいビールはないか、クラフトもいいけどそもそも日本で美味しいとされる真ん中のビールとはどんなものかと、質=味への関与が高まり、ど真ん中を狙いに行った一番搾りに興味を持った人が多かった。
V字回復ストーリーへの共感
今ビールを好んで飲むボリューム層は、40-50代のビジネスマンだ。
その年齢になると、管理職にあがったり、大きな仕事を任せられたり、部下を抱えながら新たな事業を立ち上げる責任者になっていたりする。
そんな年頃のビジネスマンにとって、ビジネスの失敗から不死鳥のように蘇るV字回復ストーリーはニュース性が高く、興味深い対象になる。
一番搾りのリニューアル発表時、メディアからのキリンに対する厳しい記事が多く出た。
もともとは国内ビール市場を開拓したパイオニアだったキリンが、後発のアサヒビールに追い抜かれ苦しい戦いを強いられており、リニューアル後どうなるのかとテレビやWEBメディアが取り上げた。
これらのメディアを通じて、一番搾りの行く末を静観していたビジネスマンも多かったのではないか。
そしてリニューアル後、「一番搾り好調」の記事と共に、その舞台裏など、どのようにうまくいったかを読み解いた記事も出てきた。
モノが売れにくい時代、USJを復活させた森岡さんや、資生堂を復活させた魚谷さんなどの講演や書籍は多くのメディアの関心毎になっており、一番搾りもその対象に入ったのだろう。
キリンはそのあたりのコンテキストを読み、自らその記事への誘導を図るなど、V字回復ストーリーを世に知らせ、新・一番搾り=成功という結果をつくりあげた。
それによって、「いったいどれだけおいしくなったのか」「久しぶりに飲んでみるか」と一番搾りへの関心をより高めることに繋がった。
飲み比べを軸にした地道なPRとコミュニケーション活動
真面目でビールづくりに誇りを持っているキリンにとって、リニューアルした一番搾りの味には自信があった。
そのため、新旧のビールで比較した飲み比べを多くのメディアを巻き込みながら実施した。
WEBメディアでも、ライターによる飲み比べ記事が多くみられた。
メディア発表会や出版社や新聞社などのキャラバンも地道に行い続けたのだろう。
イベントを行い、それも記事にするなど、飲み比べていない人=遅れている人という構図を作り、「とりあえず飲んでみるか」という空気をうまく作った。
流通担当者のモチベーション向上への貢献
これらの大々的なリニューアルと大型のコミュニケーション投下は、流通担当者はとても喜ぶ。
ブランド側の広告で、お客さんがお店に来るようになるし、ビール以外にもいろいろなものを買ってくれるチャンスにもなるため、メーカーからの新しい提案は売り場のモチベーション向上にもつながる。
大きな棚をお店の入口に作ったり、大型ポスターを貼って売り場を拡大するなど、流通側もキリンを応援し相互努力したことで売上にも貢献した。
「CMがよかったから売れたんだ」と生活者に目がいくかもしれないが、実際はCMは販社だったり、流通側のモチベーションを上げ、売り場の活性化に貢献している。
大きく売り場が作られれば、生活者は商品を見つけやすく、物が売れ、最終的に売上に繋がる。
恐ろしいほどの調査を繰り返した開発力、そしてタレントも大きく変えた勇気、表にはでないが全国の流通と地道にアプローチした社員の努力などが一番搾り好調の要因だったのだろう。