新しい市場を作るのって企業からすると非常に大変なことだ。
これだけモノが溢れている成熟社会では、企業もそれにあわせてコミュニケーションを変えていかないといけない。
とくに、モノづくりの精神の強い日本では、プロダクトアウト発想の企業が多い。
よいモノを作れば、生活者に受け入れられると考えやすい。
勿論それは全くもって正しいことではあるが、コミュニケーションにまでそれを求めがちだ。
市場を創造した企業は、この商品が「生活者に何を与える存在なのか」を堂々と伝えればいい。
ただし、それは数年間の話だ。
独走してきた企業は、徐々に周りに同じような機能を持つ商品に囲まれていることに気付く。
自社商品よりも複数の付加価値を持つ商品や、同じ機能を持っているが圧倒的に価格が安い商品など、次々と今のポジションを崩しにかかろうと新たなブランドが集まってくる。
企業担当者は、「いやいや、うちの商品は使ってもらえばわかるから」と言いがちで、さらには「それを伝えきれていない広告会社の責任である」と言い出すことも。
「うーん、こんな良い機能が伝わらないなんて、生活者のリテラシーが低いのかな」と生活者のせいにしだしたら終わりだ。
自社商品の機能を分解し、より細かい機能をおしていくことになると、もはやマニアックな人しかついてこれなくなる。
同じような商品で溢れてしまった市場では、モノの伝達だけでなく、ブランディングも並行して走らせないといけない。
もともとは、商品には開発思想があって、それを伝えるためのブランディングは初めから考えるべきだが、モノづくり発想の強い企業こそ先に商品を出し、市場が混戦し出してから「やばい、ブランディングをやらなければ」と急に焦り出す。
Panasonicの「LOVE THERMO #愛してるで暖めよう」というプロモーションは、実証実験を核とした動画コンテンツだ。
クーラーなんてどの家にもついているし、一家に数台設置されているのも珍しくない。
毎年新しい技術が追加して、クーラーは進化しているのだろうけど、そんな細かい機能の違いを生活者が理解できるわけがない。
そこで、Panasonicは、面白い実証実験を行った。
「家族に関するインタビュー」というテーマで会場に6組の家族に集まってもらい、各家族のうち一人が仕掛け人となり、インタビューの途中で目の前の家族への感謝の気持ちや愛の言葉を記した手紙を読み上げ、プレゼントを渡すというサプライズを行った。
いわゆる感動動画。
結果、感謝の気持ちや愛の言葉を伝えられた被験者の体温は平均約0.8℃上昇したというものだ。
切り口が面白く、いくつかのメディアで取り上げられ、PR的な役割も果たした。
Panasonicでは、もっと家族を愛するため、これからの家族の価値観に寄りそう家電製品を提案するという家電コンセプトをベースに、コミュニケーションが設計されている。
この動画を通じて、Panasonicは家族に寄り添うブランドであるということを伝えようとしている。
この動画では、クーラーの機能のことは言っていないが、動画に共感する人がPanasonicを好きになり、Panasonicの商品を購入するようになる。
これとは並行して、販促物を使うなど短期的な売り上げ強化施策は行っているだろうが、機能が同じに見えている生活者に向けて、ブランディングを意識したコミュニケーションにシフトしていくことは非常に大事だ。
富士通テンのカーナビECLIPSEの動画「Father's Drive」も同じコミュニケーション構造。
カーナビは毎年進化しているものの、そのマニアックな機能の差別性を伝えていくよりもECLIPSEがとったのは、「車に乗る人すべてに安心を感じてほしい」というブランドの思いを動画で表現することだった。
目隠しした娘を載せて、3人のドライバーが運転する。
1人はタクシードライバー、2人目が父親、3人目が素人、となっている。
父親は、子どもの安心を気にして、いつも通り丁寧な運転を行う。
優しく発進したり、ゆっくりとブレーキをかけて止めることに気付き、多くの人が父親が何番目に運転したかをあててしまう。
普段乗っていては当たり前となって気付かないものを、他の二人のドライバーを混ぜ、ブラインドで実験させたことで、いつもの優しい父親の運転が体で感じることができる、という企画だ。
これもモノを売らんかな、という機能を前面に出した広告ではない。
ブランドが伝えたい、安心が大事という価値基準をこの動画を通じて理解させ、家族の安心を考えてカーナビを選ぼう。
そして、そのイメージをまとったECLIPSEを選ぼう、という流れを期待している。
そして、アクエリアス。
運動時から日常に飲用シーンを広げるために、「人はとっても渇くから」というコミュニケーションを始めた。
アクエリアスは、激しい運動時に飲む飲料と思われ飲用シーンが広がらなかったため、このコミュニケーションに切り替えたのだろう。
日常にある「渇き」を10種のキービジュアルに集約し、サーフィンする女性やスーツ姿で走る男性など、それを表す漢字で表現した。
アクティブに動く人のカラダとココロの渇きを満たすというブランドの方向性を、複数のビジュアルと共に伝えている。
アクエリアスに含まれている成分や機能なんか細かすぎるので、当たり前にでてこない。
どんなブランドイメージを蓄積すべきか、ありたい姿から逆算して、コミュニケーションを設計している。
「モノづくり」は良き日本を表すいい言葉だが、類似した商品で溢れかえる成熟市場では、ブランドイメージを蓄積し、モノではない軸でも選んでもらえるようにしないといけない。